六甲連山の背に清流武庫川の観光ダムを望んで情緒豊な温泉。
その起こりは、室町幕府第十二代の将軍足利義晴の時代、このあたりに住む貧しい一人の老女が悪瘡をわずらっていました。
身心ともに苦しみながらも月々に中山寺に参り、懸命に信心したところ、ある夜僧侶が夢の中に出て来て「武庫川にある大柳の下に湧いている霊泉に湯浴みをすれば、病は癒える」と告げて消え去りました。
教えられたとおり霊泉を湯にして身を洗っていたところ、日ならずして病は癒えました。
この老女の願により、大柳で「柳の観音」「塩出観音」とよばれる観音像が刻まれ、お寺が建立されてのちの塩尾寺となりました。
ちなみに宝塚と言えば、宝塚歌劇団発祥の地。
1911年に箕面有馬電気軌道が、乗客誘致のため武庫川左岸の宝塚駅側に「宝塚新温泉」を開業、附属施設として1912年には室内プールが開業するものの、翌年には閉鎖されました。
しかし、1914年にその閉鎖された室内プールスペースで、少女歌劇(後の宝塚歌劇)が行われるようになったのです。